阿弖流爲(アテルイ)と母礼(モレ)の時代のDNA

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遠い昔「アテルイ」なる人物がいた時代を、
以前僕なりの解釈で書き込みました。

その時代背景は割愛します。

アテルイ>>>http://yamadamitsuru.com/blog/archives/8167

「アテルイ」なる人物は、歴史上あまり紹介されていません。
大和朝廷側がヒーローで、
蝦夷側は、ま、悪、鬼退治といった扱いなんだろうと思われます。

朝廷から蝦夷と称された地の人達。
僕の祖先は分かりませんが、生まれた地は蝦夷だったわけで、
なんとなくですが、なんとなくです、理由は無いけれど、
「蝦夷」という名の響きに嫌な気がしません。
なんなのかね?

で、ちょっとその時代の事をかじってみたくなったら、
「アテルイ」と「モレ」という人物を、地元の先輩から聞きました。

また長くなります。

1万年続いたといわれる縄文時代。
その暮らしについても、以前書き込んだので割愛します。

狩りをしていた暮らしは、知り得た歴史と僕の勝手な見解ですけど、
集落はあって、争いもあっただろうけど、
生きる為に、海に川に木々に山にと男達が狩りに行きます。

当然、獲物から襲われるし、毒のあるものもあるし、痛い目にもあう。
自然の中ですから、危険や死は隣り合わせです。
食糧を得られる時もあれば、手に入らないこともある。
なので、得た物は家族や集落に分け合っていたと考えられます。

その頃の寿命は長くて50歳でしょう。
平均寿命にしたら、その半分かも。
子孫を残す為には、分け合うことが主になったと考えられます。

蝦夷の長「アテルイ」は、たくさんの人に分け合った長なんでしょう。
経験からの知恵と体験からの力が優れた人望熱き人だった。
どうしても、そんな想像してしまうんです。

それとは違う新たな勢力。
稲作で安定供給を得た大和朝廷側は、
奴隷がいて労働者がいて、年貢を財とした長が君臨します。
豊かになったと同時に、人が人を殺める争いが行われます。

その後の歴史、そして現代社会の形態とほぼ同じです。

それが良いのか悪いのかは、置いといて。
体で覚えた知恵と判断が無い者は、縄文時代から蝦夷の暮らしでは、
死が待っています。

例えば、赤ずきんちゃんは外に出たら即死ぬでしょう。
でも、現代の赤ずきんちゃんは生きて行けます。
包丁が使えなくても、靴のヒモが一から結べなくても。

・・・脱線した。

なんとなく、なんとなくですけど、
興味のある人、気持ちが引かれる人は、もしかして蝦夷のDNAがある人かも。
そう思うと、どことなく納得してしまう勝手な感情があります。

大きな勢力に屈しず、生きる為の手段を体で得ているような人。
いくつもの視野があり、たくさんの人脈がある人。
失敗もするが、それもありと進むような人。

ちょっと強引ですけど、そんな気がしてね。

で、3年前と今年の選挙で違いがあるとしたら、
いくつかある各党の代表が、テレビで「景気回復するには」
「原発は」「TPPは」「税は」などなど、それぞれの主張を訴えていますが、
その長の意見は本当だろうか?
もっと深く、その人は、その党は本当にやれるのか?という不信感です。

不信感があるだけに、何となくでも信用できる人はこんな人なんだけどなぁ。
誰か例える人が見つからないんだけど・・・。
なんかしっくり来ないんだよなぁ・・・。

僕は思うんです。
そういう人こそ「アテルイ」なのでは?って。

残念ながら、歴史から遠ざかっている人ですが、
大震災後、彼のDNAが長い歴史の闇から表れてくるかも?

たくさん端折って伝えましたが、こんな解釈で歴史ロマンを表現してみました。

コメント / トラックバック1件

  1. おおぬま かつひろ より:

    わたしも、蝦夷側です。
    選挙になると議席数のためか連立が目立つようになります。脱原発、卒原発の言葉が飛び交うようになってしまいました。いまいち、言葉の相違がわからないのですが説明不足です。
    本当にこれこらの日本を良くしてくれる政党に、一票を投じたいと思います。

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