2011年4月20日 のアーカイブ

祝250周年

2011年4月20日 水曜日

我が郷土の葛塚市(いち)が、今年で250周年だそうです。

何を隠そう、この市場通りに生まれ育った僕は、

250周年を心から祝う気持ちでいっぱいです。

5日ごとに開かれる市。

雨の日も、雪が降り積もる寒い日も、定期的にお店は開かれる。

これが250年も続いている。

現代はレジでお金を払うセルフサービスのスタイルが定着してしまいましたが、

顔と顔を会わせ、会話をし、肌と肌が触れ合う250年前から変わらないのが、市。

振り返ると、僕がDeKKY401で毎週末「似顔絵」というお店を開いているのも、

葛塚市を見て育ったから今こうしていられるのかもって思っちゃいますね。

僕の原点は、まさに「葛塚」であり「葛塚市」でしょう。

250年前を想像してみた。

というよりも、興味が湧いてきています。

想像するに、250年前よりも前の「葛塚」に何かが起きたことは確かです。

「葛塚」誕生の頃まで行っちゃうと、

「新潟」、「新発田」、「水原」に囲まれた「葛塚」

大きな沼が広がる福島潟があって、決して住みやすい土地ではなかったでしょう。

二男や三男、末っ子が自らの生活拠点地を求めて集まった集落に違いない。

家や土地が譲られる長男とは違う、ま、あいつらには負けねぇみたいな思いはあった、はず。

そういった反骨心と、せっかく掴んだ土地を大事にする思いは、

現代の僕らネイティブ葛塚にはDNAで受け継がれているかも(笑)

そんな反骨心から、何処ぞの誰かが「自立」を訴え、

葛塚に市(いち)を開こうと立ちあがった!はず。

ところが、

「そんなことして何になるんだ?」

「無理無理、できるわけがねぇ」

「あんなバカな事言ってる奴がいる」

きっとこう言われた、はず。

なんか今でもあるよ、こういうの。

実際僕もボロクソ言われたし。

ちなみに記録によると、市を開く為に、近隣の代官所にお願いをしたが、

ことごとく断られたそうです。

でも、あきらめず喰らい続けた人達がいたから、難問乗り越え、ついに開市。

つまり、二男三男末っ子達が作った町が、

その中でもバカと言われた人が行動して自立した。

250年間そのまま受け継がれている。

地震や水害、戦争という状況も含まれている歴史。

凄いことだよなぁ。

葛塚市250周年おめでとうございます!

今日はちょいと多めに買い物しました。