第1話 4月7日放送
「ラジオで似顔絵を?このギャップがイイんだな」
はじめまして。僕は豊栄市で父の経営する小さな自動車鈑金塗装工場
「第一鈑金」で働きながら、似顔絵を描いているやまだみつると申します。
僕の名前を聞いて「似顔絵を描いてもらった」って人も多いと思います。
みなさん、お元気ですか?いろんな土地でお世話になりました。
さてさて、車相手の仕事の僕と、傍らで人の似顔絵を描く僕。
テレビではなくラジオで似顔絵をお伝えする事。まったくギャップだらけになりました。そもそも僕の38年の人生がギャップだらけで生きてきたようなもんで、
このギャップの世界も一緒に楽しんでいただけたら幸いです。
自己紹介が遅くなりました。
僕は、東京オリンピックが開催され、新潟地震があった昭和39年の豊栄町、
現在の豊栄市に生まれました。当時、家族は母方の両親と同居してまして、
父としてはサザエさんのマスオさん状態だった我が家は5・10の市(いち)が並ぶ、
葛塚市(くずつかいち)で賑わう通りにありました。
毎日がお祭りみたいで、沢山の商人や行き交うお客さんに声を掛けられて育ちました。
僕のホームページのトップページには、当時のヒーローだった「赤影」に扮した
2歳の僕の写真を貼り付けております。
カタカナで「サンデンマンの似顔絵展」を検索してみて下さい。
ちなみに、ハンドルネームの「サンデンマン」とは、僕の名前を音読みしたものです。
なぜ僕が、将来似顔絵を描く事になったのか、原点のような出来事も、
この頃から見え隠れしてるんです。
それって言うのは、両親も爺ちゃんも仕事が忙しくて、僕は平日の昼間、よその家に預けられて、子ども心に、ここは身内じゃないという遠慮というか、
我がままが言えない不自由さというか・・・。
預けられた家の中で子どもは僕だけですから、子どもが好きな漫画本を渡されるわけです。僕は「鉄腕アトム」「黄金バット」「のらくろ」の本を喜んで見てたそうです。
そうです、字は見ないで、絵を一コマ一コマ食い入るように見てたらしいです。
この続きは、また来週です。